2017年11月15日

昆虫の体性感覚神経回路の構造を解明
−哺乳類との高い類似性を発見。脳が共通の祖先から進化した可能性が高まる−

伊藤 啓(脳神経回路研究分野 准教授)
坪内 朝子(研究当時:脳神経回路研究分野 研究員/現:大学院総合文化研究科 生命環境化学系社会連携講座 次世代イメージング画像解析学講座 特任助教)
矢野 朋子(脳神経回路研究分野 大学院新領域創成科学研究科博士課程3年)
Science 11月3日号(米国東部夏時間11月2日(木)午後2時、日本時間11月3日(金)午前3時)
DOI番号:10.1126/science.aan4428

発表概要

東京大学分子細胞生物学研究所の伊藤啓准教授、坪内朝子研究員、矢野朋子大学院生らの研究チームは、キイロショウジョウバエを使って昆虫の体性感覚神経回路の構造を解明し、哺乳類のそれと極めて類似性が高いことを明らかにしました。視覚・嗅覚・味覚の神経回路の構造は非常に似通っていることが知られていましたが、私たちは数年前の研究で、音や重力を検知する中枢の構造も昆虫と哺乳類でほぼ同じであることを発見しています。体性感覚に関する今回の研究で、五感全ての神経回路構造に共通性が見つかったことになります。これによって、これら五感の基本を備えた脳を持つ生物が先カンブリア紀に存在し、その共通の祖先から、私たち哺乳類を含む脊椎動物と昆虫を含む節足動物が分かれてきた可能性が高まりました。

目・耳・鼻・口といった特定の感覚器官で検知される他の感覚と異なり、体性感覚は体中に散在するさまざまな感覚器官が脳に情報を送る複雑な構造をしています。私たちは、ショウジョウバエを使って一部の種類の細胞だけで遺伝子の発現を誘導できるような遺伝子組み換え系統を大量に作製してスクリーニングすることによって、すべての種類の体性感覚細胞をそれぞれ特異的に標識して、中枢神経系に伸びる神経線維を解析することに成功しました。また、人間の脊髄に相当する昆虫の胸腹部神経節で体性感覚細胞からの情報を受け取って脳に伝える二次神経も標識して解析しました。これによって、末梢の感覚器官から脳にいたる神経回路の構造が初めて明らかになりました。

今回の研究の手法では、発見されたそれぞれの種類の神経細胞だけで好きな遺伝子を発現させることができます。これを利用して、神経の活動度に応じて蛍光強度が変化するタンパク質を発現させてハエが歩いたり飛んだりするときにどの神経がどのように反応するかを調べたり、神経の電位変化を阻害するタンパク質を発現させてどの神経の機能を止めるとどのような行動変化が起きるかを調べたりすることによって、体性感覚に関する情報が神経の種類ごとに複雑なパターンで送られていることが分かりました。このように特異的な神経だけを体系的に操作する実験は、哺乳類の実験動物では非常に難しく、今後私たちが公開したショウジョウバエ系統を使って、体性感覚のさまざまな情報処理メカニズムを神経細胞レベルで解明する研究が盛んになると予想されます。

今回の研究で明らかになった「感覚器官の種類ごとに中枢神経系の異なる場所に情報が伝えられる」「体の場所ごとに異なる場所に情報が伝えられる」「同じ種類の感覚器官から異なる経路で送られる情報は、脳の同じ場所に伝えられる」といった基本構造は、哺乳類の神経系でも同じです。さらに、感覚器官から中枢に伸びる神経の末端部は、温度や痛みを感じる細胞、脚や翅にある味覚細胞、体毛の接触を検出する細胞、表皮の変形を検出する細胞、関節の曲がりや動きを検出する細胞の順に層を作っており、この順番は哺乳類と昆虫で同じでした。(哺乳類に対応するものがない味覚細胞を除く。)視覚・嗅覚・味覚・聴覚重力感覚など五感の他の全ての神経回路でも高い類似性が見つかっていることを考えると、ばらばらの進化の末に偶然による収斂進化がこれほど全ての場所で一致して起こったとは考えにくく、基本的な五感の処理機能を備えた脳を持つ共通の祖先がいたと考える方が自然です。

今年のノーベル医学生理学賞の対象となった体内時計は、最初にショウジョウバエで発見された仕組みが人間でも共通であることが知られています。私たちの研究成果は、昆虫と人間が体の仕組みだけでなく脳の仕組みにおいても予想以上に似通っていることを示しています。

雑誌名等

雑誌名:Science 11月3日号
論文タイトル:“Topological and Modality-specific Representation of Somatosensory Information in the Fly Brain”
著者:Asako Tsubouchi, Tomoko Yano, Takeshi K. Yokoyama, Chloé Murtin, Hideo Otsuna & Kei Ito
DOI番号:10.1126/science.aan4428

問い合わせ先

【研究に関すること】
東京大学分子細胞生物学研究所 脳神経回路研究分野
准教授 伊藤 啓(いとう けい)

【AMED事業に関すること】
国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)
基盤研究事業部 研究企画課