「友達の記憶」を貯蔵する海馬ニューロン

ヒトも他の社会性動物と同様に、個体と個体の繋がりの中で生きる。

海馬の腹側CA1ニューロンが社会性記憶を貯蔵する

私たちは、社会の中で、多くの友達に囲まれて生活しています。仲が良い友人もいれば、嫌いな友人もいるでしょう。この現象を神経科学の言葉を使って説明すると、「友人一人一人についての社会性記憶を形成し、その社会性記憶に基づいたエピソード記憶が形成され、結果、それぞれの相手に対して適切な行動を選択」しているわけです。それでは、このエピソード記憶のなかで「誰」という情報を担っている社会性記憶はどのような神経メカニズムで記載されているのでしょうか?

マウスは、親しい個体よりも見知らぬ個体と積極的に接近する生得的な性質があるので、社会性行動をテストすることで、社会性記憶を調べることができます。まず、社会性記憶の貯蔵脳領域を調べる目的で、光刺激でニューロンの活動を制御できる光遺伝学(オプトジェネティクス)を使って、海馬の様々な小領域の興奮阻害を行いながら社会性記憶をテストしてみました。すると、これまで記憶における機能がほとんど未知であった腹側CA1領域の錐体ニューロンを興奮阻害した際に、親しい個体の事を思い出せないことが分かってきました。

左と右のホルダーの中に見知ったマウスと見知らぬマウスを配置し、
テストマウスの鼻・体幹・尾のXY座標を全自動でトラッキングする。

 

腹側CA1ニューロンの神経生理学的解析

それでは、この腹側CA1ニューロンは、どのような神経興奮パターンで、ある特定の友人の記憶を貯蔵しているのでしょうか?神経興奮を可視化するためのCa2+インジケータータンパクGCaMP6fと、脳内微小内視鏡(マイクロエンドスコープ)を組み合わせ、社会性行動中の腹側CA1ニューロンの神経興奮を検出してみました。すると、ある特定の細胞集団が、記憶している特定の相手を想起しているときにだけ強く興奮することが分かってきました。例えば、仮に腹側CA1ニューロンが仮に9個の細胞で構成されているとすると、3,6,9番が興奮した時にはAさん、2,3,8番が興奮した時にはBさんを思い出すといった具合です。「ニューロンが集団として一つの情報を表現している」と考えることができました。
 

 

光遺伝学を用いて記憶を強制的に思いださせる

それでは、この「ある特定の相手についての記憶を保持するニューロン集団」を人為的に再興奮させたときに、その相手の事を思いださせることができるのでしょうか?そこで、ある相手のことを記憶したときに活性化したニューロン集団に、光刺激で人為的な神経興奮が誘導できるチャネルロドプシン(ChR2)を発現させ、行動テスト中にそのニューロン集団を再活性化できる実験系を作製しました。

マウスは通常、相手と長時間隔離されると、相手のことを忘れてしまいます。しかし、行動テスト中にその相手についての社会性記憶を活性化することで、長時間の隔離後であったとしても相手のことを思い出せるということが明らかとなりました。更に、その社会性記憶と正や負の情動を人為的に連合させることで、特定の個体に対しての忌避行動や接近行動を誘導できるようになりました(詳しくは「情動研究」の方を参照してください)。これらの結果は、腹側CA1領域のニューロン集団が、ある特定の個体についての社会性記憶を保持・貯蔵するのに十分であることを示しています(Okuyama et al., Science, 2016)。